フィリピンは、8月に2つの祝日があります。
1つは8月21日のニノイ・アキノデー。
現大統領のお父さんで元上院議員のニノイ・アキノ氏が暗殺されたのが1983年の8月21日で、この日を祈念しての祝日です。
ちなみに殺された場所はマニラ空港で、
アメリカ亡命中だった氏がマニラに戻った時に空港で何者かに殺されたそうです。
マニラに着く前、経由地で取材を受けた際に「絶対に何か起こるからカメラを回しといて」「明日は殺されるかも知れない。事件は空港で一瞬のうちに終わる」と言ってたとかなんとか。
結果的に殺されてしまったのですが…まるで殺されに戻ったとしか…
マニラ空港は、そんなニノイ・アキノ氏に敬意を表して、名前をNinoy Aquino International Airport、通称NAIA(ナイア)と変えています。
この事件をきっかけにニノイ・アキノ氏の奥さんであるコリー・アキノ氏が担がれて、革命を経て大統領になります。
ホンの30年とちょっと前の話だなんて信じられないんですけどね。
おっと話が逸れました。
本題は8月31日の英雄の日ですね。というか英雄って誰?って話ですよね。
この祝日、英語だと「National Hero's Day」です。
固定ではなく、毎年8月の最終月曜日が終日になります。それで今年は8月31日になりました。
で、英雄が誰なのか調べてみたところ、次の9人のようでした。
英雄一覧
・Jose Rizal
・Andres Bonifacio
・Emilio Aguinaldo
・Apolinario Mabini
・Marcelo H. del Pilar
・Sultan Dipatuan Kudarat
・Juan Luna
・Melchora Aquino
・Gabriela Silang
各人について調べてみた
(主なソースはウィキペディア)"Rizal Monument at Rizal Park" by Maynard Rabanal - Own work. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Commons.
・Jose Rizal(ホセ・リサール)
(1861年6月19日 - 1896年12月30日)
フィリピン独立運動の闘士にしてフィリピンの「国民的英雄(Héroe Nacional)」。医師、著作家、画家、学者でもあった。志半ばにして捕らえられ、スペイン軍の手で銃殺されたが、その意志は人々に受け継がれ、フィリピン独立の英雄として現在も愛され続けている。
1949年から1973年にかけて1ペソまたは2ペソ紙幣に肖像が使用されていた。
(略)
リサールが処刑されたマニラ湾を見渡す地は現在、リサール公園(Rizal Park、別名 ルネタ公園 Luneta Park)として整備されており、衛兵に24時間守られている記念碑があり、緑も多くマニラ市民の憩いの場所になっている。また、リサールは1888年に来日しており、1ヶ月ほど東京都(当時・東京府)内に滞在している。これを記念して東京の日比谷公園にはホセ・リサール記念像が設置されている。
のちに、殺された日が祝日に制定された。
・Andres Bonifacio(アンドレス・ボニファシオ)
(1863年11月30日 - 1897年5月10日)
フィリピンの独立運動家・革命家。
スペインの植民地支配からの独立を目指すフィリピン独立革命のリーダーの一人である。この革命はヨーロッパの植民地政府に反対するアジア最初の革命であり、ボニファシオは(悲劇的最期を遂げたこともあって)現在でも同時代の民族運動家・思想家のホセ・リサールと並び多くのフィリピン人から敬愛の対象となっており、1951年発行の20ペソ紙幣よりたびたび、紙幣の肖像に使用されている。
のちに、誕生日が祝日に制定された。
・Emilio Aguinaldo(エミリオ・アギナルド)
(1869年3月22日 - 1964年2月6日)
フィリピンの革命家にしてフィリピン共和国の初代大統領。
業績を記念し、マニラのエドゥサ通りにあるアギナルド空軍基地(国防省が同居)にその名が残されている。また、1987年より発行されていた5ペソ紙幣に肖像が使用されていた。
(略)
日本の明仁皇太子と美智子皇太子妃が1962年11月5日から5日間の日程でフィリピンを訪問した際に、93歳になっていたアギナルドは一時、病気療養から退院して1962年11月7日に皇太子夫妻をカヴィテの自宅に迎え、第二次世界大戦によって悪化していたフィリピン人の対日感情を和らげた。
・Apolinario Mabini(アポリナリオ・マビニ)
(1864年7月23日 - 1903年5月13日)
1898年 - 1899年の短命で終わったフィリピン共和国の憲法構成を書いた、フィリピン人理論家。
かつてフィリピンで発行されていた10ペソ紙幣に肖像が使用されていた。
・Marcelo H. del Pilar(マルセロ・ヒラリオ・デル・ピラール)
(1850年8月30日 - 1896年7月4日)
フィリピンの作家、編集者である。
1951年に発行された5ペソ紙幣に肖像が使用されていた。
・Sultan Dipatuan Kudarat
(1581–1671)
ミンダナオ島のとあるエリアの長?王?
・Juan Luna(フアン・ルナ)
(1857年10月23日 - 1899年12月7日)
フィリピンの画家、フィリピン独立革命期の政治運動家。
1898年、フアンはフィリピン革命政府執行委員会パリ代表に任命され、フィリピン第一共和国の外交に従事し、翌1899年12月、米西戦争のパリ条約に調印した。その後フィリピンに帰国すると、弟のアントニオ・ルナが6月に殺害されたことを知り、1899年12月7日に心臓麻痺で死亡した。遺体は香港で埋蔵された。
・Melchora Aquino
(1812年1月6日 - 1919年3月2日)
フィリピンの女性革命家?
・Gabriela Silang
(1731年3月19日 - 1763年9月20日)
フィリピンの女性革命家?
さすがに英語のソースは、タガログ語の固有名詞がたくさんでてきてチンプンカンプンだったので、訳す努力を辞めました。
こう見ると、リサールとボニファシオは単独で祝日化されている「すごい人」で、ほかにも紙幣の顔になっている人もチラホラ。
現役で紙幣の顔になっている人はいなさそうです。
(余談ですが、2015年末には旧札が失効券となり、使えなくなる予定だそうです。)
以上、フィリピン生活3年目にして初めて、「英雄の日」について調べてみました。
皆さんの参考になりますように。
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